上田幸雄先生(溶接工学研究所 第7代所長 名誉教授)に聞く

大阪大学溶接工学研究所は1996年に「接合科学研究所」と改称しましたが,1992年に最後の溶接工学研究所長を務められた上田幸雄名誉教授に,本研究所の大学院生 末房真保さんより,長年にわたる研究者生活を振り返っていただき,後進へ向けてアドバイスなどのお話をうかがいました。
研究者生活を送ることになったきっかけについて教えてください。
今思い返すと,造船工学科の大学院修士課程を修了し,大学の職員として残ることになったのはそれ自体が奇縁であり,次に米国・リーハイ大学へ留学する機会を得たこともそうです。米国リーハイ大学で勉強したことは,構造物が弾塑性挙動を示しながら最終強度に達する様子を壊れるところまで計算し,設計するという新しい分野でした。そこから構造物はその終わりまでの経過挙動を見ないと本当の強さはわからないということを知りました。この経験が私の視野を広げ,それ以降の研究に対する考え方を一変してくれました。Ph.Dを得て帰路,ミシガン大学のジョンソン教授とカリフォルニア大学バークレー校のグラフ教授を訪問し,数値解析による研究が未来を切り拓く研究であることを確信し,これが自分の研究人生を大きく方向付けたと感じています。帰国後は日本の大学でも電子計算機をようやく使えるようになりましたので,私の研究環境における条件を満たすことができるようになり,そして,わが国では,黎明期にあった有限要素法を使った研究を始めました。
海外への留学,そこでの出会いが先生の研究者生活の礎となったわけですね。それでは,先生のこれまでの主な研究成果についておうかがいします。
最大の研究成果としては,計算科学を溶接力学に導入し世界に先駆けて,Computational Welding Mechanicsのフレームワークを構築することができたことです。具体的には,三次元の溶接力学現象,つまり移動熱源のもとでの弾塑性挙動の解析,それから極厚板の多層溶接時の解析,そして溶接割れの想定される細部での応力ひずみ履歴なども解析しました。また,固有ひずみ法の新しい機能を発見しました。それを基に様々な応用研究,すなわち,残留応力,溶接変形の元になっている固有ひずみの計測方法,固有ひずみの理論的同定方法を確立しました。固有ひずみが分かれば,弾性計算で残留応力,溶接変形の予測をすることができ,長い計算時間を要する熱弾塑性解析は不要です。それによって様々な溶接構造物の建設・建造過程のシミュレーションを三次元で行うことができるようになりました。また,そのシミュレーションで,各工程での切断や溶接工程の工作精度を必要なレベルに保つためのノウハウを導出し,それを基に自動化・省力化の道を切り拓きつつあります。上述の溶接力学の他に,溶接建造物である船体構造の最終強度評価の新しい解析方法を展開し,A Pioneer of Ultimate Strength Analysis(ISUM)で殿堂入りをするような研究活動もしていました。

先生の研究成果から様々な方向で発展してきたわけですね。それでは次に溶接工学研究所時代のご活動についておうかがいしたのですが。
研究所自体の活動としては,荒田吉明先生(第三代所長)の企画で,研究所創立10周年のイベントとして,世界溶接研究所会議を開催されました。それをもとに,IIW(International Institute of Welding, 国際溶接学会)の中に,「世界溶接研究の戦略と共同研究のあり方」という「基盤的委員会」が正式に設置され,その運営,そして最後はIIW荒田賞の設立,選考委員会と約20年に渉って,荒田先生のお手伝いをしました。荒田先生の狙いは,新生溶接研究所を世界に認知させることでした。小規模な本研究所の浅い歴史,文化の違い,言語力の問題などを克服しながら最終章に到達すること出来たことは大きい喜びです。もう一つは,長年の宿題になっていた研究所の改組・改称を実行しました。これにより名称が溶接工学研究所から接合科学研究所となったのです。また,大阪大学全体の運営にも関わり,金森総長(当時)の要請を受け,中国の上海交通大学と交渉し,大学間学術交流協定を締結することができました。
海外との学術交流の先駆けとなるご活動をされてきたわけですが,最後に,われわれ後進へ向けてこれからの研究生活に対する心構えやアドバイスをいただけますでしょうか。
例えば,欧米から日本,そして韓国,中国へと移って行った造船業の流れの中で,日本の造船業も今は厳しい変革期にあり,日本の造船技術の役割が変わりつつあります。新しく開発された技術も4,5年ほど経つと普通の技術になってしまいます。どの時代でも同じですが,このように世の中は絶えず文化の変遷,社会のニーズの変化,ものの価値観の変化が文明自体の変化を導いてきます。したがって,自分達の今いる場所が科学技術史の中でどこにいるのかということを認識し,そこから先を予測していくことが大事で,どのようにイノベーションを起こすかについて考えていかねばなりません。研究でも困難にぶつかった時には困難の向こうに新しい世界があり,それを希求することから,新しい発見につながります。新しい発見,新しい世界はなかなか見えないものですが,その困難は,新しい世界の入り口です。それを見つけたことは幸運といえます。パイオニアが進む道には必ず障害や抵抗勢力があります。それを苦痛に思うよりも,それらをブレークスルーした時の喜びの方が大きいので,一つひとつを乗り越えて行くことが大事です。それが喜びです。後進のみなさんのご活躍に期待しています。